「何でもやりたい」社長にこそ知ってほしい、絞って日本一になった会社の話― ハルメクに学ぶ、ランチェスター「弱者の戦略」とお客様の声の聞き方

2026/09/25 経営

経営相談の場で、「あれもこれもやりたい」とおっしゃる社長に出会うことがよくあります。
新しい商品も出したい。新しい客層にも広げたい。引き合いがあれば、どんな仕事も受けたい。

そんなとき、私はいつもこうお伝えしています。
「まず優先順位を決めて、絞りましょう」

正直に言うと、あまりいい顔はされません。
「絞る」という言葉が、「せっかくのチャンスを捨てる」ように聞こえるからだと思います。

けれど、絞ったことで日本一になった会社があります。50代以上の女性向け雑誌を発行する「ハルメク」です。
テレビ東京の「カンブリア宮殿」でも取り上げられました。

今回は、このハルメクの事例をもとに、
「なぜ絞ると強くなるのか」「絞った先で何をすればいいのか」をお伝えします。

1. 書店にもコンビニにもない雑誌が、なぜ日本一なのか

雑誌「ハルメク」は、書店にもコンビニにも置かれていません。
手に入れる方法は、基本的に定期購読だけです。

それにもかかわらず、次のような実績を上げています。

  • 国内全雑誌で販売部数No.1(日本ABC協会 発行社レポート 2025年7月〜12月)
  • 定期購読者数は2023年に50万人を突破
  • 定期購読料は年7,800円
  • 売上の8割以上は、雑誌ではなく通販・店舗などの物販
  • 昨年度の売上は300億円超で過去最高

出版不況と言われて久しい中で、部数が伸び続けている。
しかも、雑誌を入り口にして物販で稼ぐという、出版社の枠を超えたビジネスモデルになっています。

2. 2009年、民事再生からのスタート

ここまで聞くと、順風満帆な会社に見えるかもしれません。
しかし、ハルメクは一度、経営破綻を経験しています。

前身の雑誌『いきいき』は、シニア世代への認知度こそ高かったものの、広告費への過剰な投資などが重荷となり、業績が悪化しました。そこからの歩みを並べると、次のとおりです。

  • 2009年 負債65億円を抱え、民事再生法の適用を申請
  • その後 外資系コンサル出身の宮澤氏が再建を託され、社長に就任
  • 2014年 編集者の思い込みを排し、読者を客観的に調べる社内シンクタンク
    「生きかた上手研究所」を設立
  • 2016年 雑誌名・社名を『いきいき』から『ハルメク』へ変更
  • 2017年 他社で編集長経験のある人材を招き、読者のアンケートを徹底分析。
    読者自身も気づいていないニーズを特集に反映

その結果、定期購読者数は 14.0万人(2017年5月)から50.8万人(2022年12月) へと伸びました。
およそ5年で3倍以上です。

3. 絞ったから、お客様の声が聞こえるようになった

ハルメクの戦略を整理すると、ランチェスター戦略でいう「弱者の戦略」そのものです。

ランチェスター戦略では、規模で劣る会社は、
大きな会社と同じ土俵で戦ってはいけないと考えます。
市場を細かく分け、狙いを一点に絞り、お客様に近づいて、
その小さな市場で1位を取る。
これが弱者の基本です。

ハルメクに当てはめると、こうなります。

  • 一点集中:客層を「50代以上の女性」に絞る
  • 接近戦:書店・コンビニ・卸を通さず、定期購読と直販でお客様と直接つながる
  • 小さな1位:絞った市場で、圧倒的な1位を取る

番組の中で、社長はこうおっしゃっていました。

「卸が入ると、お客様がその商品をどう受け取ったか、どう思われたかがつかめない」

つまり、ハルメクが直販にこだわるのは、売り場を広げられないからではありません。
お客様の声が薄まることを避けるためです。

実際、声を集める仕組みは徹底しています。

  • コールセンターは全国4か所、180人以上のスタッフで毎月約2万5,000件の声を受ける
  • 自社開発の商品ひとつにつき300人にアンケートを依頼し、年間では3万人分
  • 完成した商品はすぐに売らず、「春友」と呼ばれる読者モニター4,800人に試してもらう
  • 累計52万枚売れた補正下着も、声をもとに改良を続けている

雑誌づくりも同じです。6〜7か月先の特集について調査をかけ、
仮説を立て、その仮説への反応を調べ、切り口を決め、A案・B案のどちらが響くかを確かめる。
発行後には記事単位で「読んだか」「面白かったか」をアンケートで聞く。
上流から最後まで、何度も声を聞いています。

客層を絞っているからこそ、これだけの声を、ぶれずに商品と誌面に返すことができるのです。

4. お客様の声は、思い込みを壊すヒントになる

声を聞き続けた結果、ハルメクは「世の中の定説」とは違う事実を次々に見つけていきました。

世の中の定説ハルメクの発見
スマホを持っていれば、だいたい使える持っていても、基本操作・設定・安全面でつまずく
70代女性には「高齢者向け」が響く本人は自分を高齢者だと思っていない。前向きで若々しい表現が必要
シニア女性は「若返りたい」若返りたいより「自然に若く見られたい」。厚化粧は嫌
アプリは直感的なら誰でも使える若者の”直感操作”は通じない。文字・ボタン・言葉の配慮が必要

雑誌名を『いきいき』から変えた理由のひとつも、ここにあります。
「いきいき」という言葉が、高齢者のイメージを強く持たれていたからです。

こうして集めた「シニア世代の本音」は、いまや他社からも頼られています。
企業からの調査・開発の依頼は年間300件にのぼり、全国に店舗を持つメガネチェーンとは、
読者の声をもとにしたオリジナルのメガネを共同開発しています。

お客様の声は、アンケートの集計結果ではありません。自分たちの思い込みを壊すヒントです。
そして、聞いて終わりにせず、商品・誌面・サービスに返し続けた会社が、強くなっています。

5. 貴社で「絞る」ための3つの問い

ハルメクほどの規模でなくても、考え方は中小企業にそのまま使えます。
まずは、次の3つを自社に問いかけてみてください。

① 貴社の商品・サービスで、いちばん喜んでくださっているのは誰ですか?

売上の大きいお客様ではなく、「喜んでくださっているお客様」を思い浮かべてください。
そこに、絞るべき客層のヒントがあります。

② そのお客様と、直接話せる接点はありますか?

問い合わせ、日報、アフターフォロー、口コミ、レビュー。
お客様の声がどこから入ってきて、誰のところで止まっているかを確認してみてください。

③ 聞いた声を、商品やサービスに返していますか?

声を集めることが目的になっていないでしょうか。
聞いた声のうち、実際に何が商品・サービスの改善につながったかを振り返ってみてください。

おわりに

「絞る」ことは、諦めることではありません。

狭くして、お客様に近づく。近づくから、声が聞こえる。
声が聞こえるから、他社にはつくれない商品ができる。そして、その小さな市場で1位になる。
ハルメクは、民事再生という最も苦しい場所から、この順番で日本一になりました。

もし貴社が「あれもこれも」で手が回らなくなっていると感じているなら、
まずは優先順位を決めて、ひとつ絞ることから始めてみてください。

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