何を「やらない」と決めていますか― QBハウスが捨てたものから考える、中小企業の一点集中

今月13日、キュービーネットホールディングスの決算が発表されました。
「QBハウス」を全国で展開している、あの1,000円カットの会社です。
2026年6月期の売上は271億円で前の期の106%。国内の来店客数も103.8%と伸びています。
ここで一つ、思い出していただきたいことがあります。QBハウスのカット料金は、いま1,400円です。
1996年の1号店から数えて4回の値上げを重ね、当初の1,000円から4割上がりました。
直近では2025年2月に1,350円から1,400円へ改定しています。
値上げをした。それでもお客様は減っていない。むしろ増えている。
なぜ、この会社にはそれができるのでしょうか。
私は、その答えが「何を売るか」ではなく、何を売らないと決めたかにあると考えています。
QBハウスが「捨てたもの」
QBハウスがやらないことを並べてみます。
シャンプー。カラーリング。パーマ。髭剃り。そして予約。
残したのは、カットだけです。髪を洗わないので、施術時間は10分程度で済みます。
シャンプーの代わりに使うのは「エアウォッシャー」と呼ばれる、切った髪を吸い取る装置です。
理美容室として当たり前とされてきたサービスを、ほぼ全部捨てている。
ふつうの感覚でいえば、これは商品を「減らす」行為です。売れるものを自ら手放しているように見えます。
ところが結果は逆でした。カット専門という市場をつくり、そこで首位を独走し、
いまでは国内外に約700店舗。国内の累計来店者数は3億人を超えています。
ランチェスター戦略でいう「一点集中」
これは、ランチェスター戦略の教科書のような事例です。
ランチェスター戦略では、経営資源に限りのある会社
いわゆる弱者が取るべき道として、一点集中と局地戦を挙げます。
総合力で勝てないのなら、戦う範囲を狭め、その狭い範囲で一番になる、という考え方です。
中小企業の経営相談を受けていて、いちばんよく伺うのが「うちは何でもやります」という言葉です。
ご謙遜も含んでおられるのだと思いますが、裏を返せば、絞れていない、ということでもあります。
何でもやる会社は、どの分野でも二番手三番手になりがちです。そして二番手は、価格を自分で決められません。
絞ると、「掘る深さ」が変わります
一点集中の本当の効き目は、実は別のところにあります。
絞った会社だけが、その一点を深く掘れるということです。
QBハウスの店舗を見ると、それがよくわかります。
お客様が座る椅子と、道具を置く棚。この二つの間には139.68度という角度が付けられています。
スタイリストが手を止めずにハサミを持ち替えられるようにするためです。
店の掃除機は1台で、レバーを切り替えると床用とエアウォッシャーを兼ねる構造になっています。
カットの技術そのものにも独自の理論があり、たとえば前髪は下向きではなく上向きにつまんで切ります。
そのほうが仕上がりが自然になり、ハサミを入れる回数が減るからです。
秒単位の改善です。しかし、これはカットだけに絞ったからこそ生まれた工夫でもあります。
シャンプーもカラーもパーマも予約管理も抱えている店には、椅子の角度を0.1度単位で詰める時間がありません。
絞らない会社は、改善する時間そのものを失っている。これは業種を問わない話だと思います。
大きな市場の二番手より、小さな市場の一番
局地戦についても、QBハウスは徹底しています。
香港では「QBシェル」という、わずかな空きスペースにも設置できる店舗形態を開発し、
それで香港最大のチェーンになりました。日本国内でも駅前だけでなく、団地の一角に出店しています。
高齢の方が多く住み、遠くまで髪を切りに行けない方がいらっしゃる場所です。
さらに、介護施設へはトラックの移動サロンで訪問しています。
大きな商圏を正面から奪い合うのではなく、他社が手を出さない小さな場所で一番になる。
中小企業が真似しやすいのは、まさにこちらの発想ではないでしょうか。
値上げの根拠は、絞り込みの中にあります
以前のコラムで、値決めは社長にしかできない仕事だと書きました。ではその根拠はどこから来るのか。}
QBハウスの例が示しているのは、絞り込みそのものが値上げの根拠になるということです。
10分で終わる。予約が要らない。切った髪はきれいに吸い取ってくれる。
この価値を、そこまで突き詰めている会社が他にないから、1,400円でもお客様は来られます。
逆に、何でもやっている会社が値上げをしようとすると、説明する言葉が見つかりません。
「原価が上がったので」としか言えない。それはお客様にとって、値上げを受け入れる理由になりません。
それでも、最後に効いてくるのは人です
ここまで書いておいて恐縮ですが、今回の決算には、もう一つ見逃せない数字があります。
売上は伸びたのに、営業利益は前の期の88.6%。減っているのです。
理由は人でした。この期、同社は314名を採用しています。計画の114%にあたる数字です。
ところが、採用した人材を育てて店舗に配属し、店がきちんと回るようになるまでには時間がかかりました。
その時間が、そのまま利益を圧迫しました。
私はこの数字を、悪い話だとは受け取っていません。
QBハウスは、新人に対して半年間、
毎日8時間の訓練を給料を払いながら行うカットスクールを自社で運営しています。
何年もの下積みが当たり前とされてきた業界で、これは相当な先行投資です。
その結果、かつて50%近かった離職率は12%まで下がりました。
1秒を削ることに執念を燃やす会社が、人を育てる時間だけは削らなかった。
一点集中とは、削るための戦略ではなく、
削って浮いた力を、いちばん大事なところに集めるための戦略なのだと思います。
同社の北野泰男社長は、こんな趣旨のことを話しておられます。
店がだめになるのは、急に数字がガクンと落ちるからではない。
0.1%ずつ落ちていることに無関心でいるときが、いちばん危ない、と。
三つ、確かめてみてください
自社について、次の三つに即答できるかどうか、試してみていただきたいと思います。
- 貴社が「やらない」と決めていることは、何でしょうか。
- その一点を深く掘るために、この一年で何を改善されたでしょうか。
- 絞って浮いた時間とお金は、どこに向かっているでしょうか。
三つ目まで答えられる会社は、多くありません。一つ目でつまずくようであれば、
それは能力の問題ではなく、絞る基準を決める機会がなかった、というだけのことです。
私の経営相談では、決算書の数字と事業の中身を突き合わせながら、
「何をやめて、どこに集中するか」を一緒に整理していきます。
やめる決断は、社長おひとりで抱えるには重すぎるものです。
頭の中のモヤモヤも、言葉にして話すだけで驚くほどすっきりします。
気になることがありましたら、どうぞお気軽にご相談ください。
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