インターハイを狙えたのに、17歳の僕は”日本人ゼロ”の海外へ飛び込んだ

2026/07/30 WEB

先日、「みんなの進路委員会」さんに、
寄付者としてインタビューしてもらいました。

高知で海外に飛び出たい若者を応援する、という立場で。

でも話しているうちに、原点はやっぱりあの一年だな、と思ったんです。

高校2年、僕はソフトテニス部のキャプテンでした。
このまま続ければ、インターハイも狙えた。

そんなときに来たのが、
オーストラリアへの交換留学の募集。

正直、自分が受かるとは思っていなかった。

でも、通ってしまった。

17歳、初めての海外。

現地の学校に、日本人は僕ひとり。

英語しか通じない。逃げ場なんて、どこにもない。

ホストファミリーは馬を2頭飼っていて、
僕は乗馬クラブにまで入り、毎日馬を調教してました☺

週末は、お好み焼きや餃子を作って家族や友人に振る舞った。
「おいしい」って、みんな笑ってくれた。

ドイツ、イギリス、香港、マレーシア、インドネシア。
世界中から来た同世代と、机を並べる。

そこで思い知ったんです。

物の見方も、考え方も、”正解”は一つじゃない、ということを。

あの1年が、僕という人間の設計図を、まるごと書き換えました。

「思い切って挑戦する」

このマインドは、間違いなくあそこで芽生えた。

その後、パナソニックで海外拠点を任され、
マレーシアでCFOを経験し、高知に移って独立するまで。

一見バラバラなキャリアだけど、
根っこは全部、あの留学につながっています。

「人にエネルギーを与える。その人の人生を変えるぐらいに」

これが、僕が今も、これからも取り組んでいく人生のミッション。

“知らないだけ”で損している人に、選択肢を渡したい。

だから地方の若者にも、伝えたいことは一つだけ。

積極的に出会って、視野を広げて、新しいことに挑戦してほしい。
あの日、テニスコートを離れて海を渡った一歩が、今の僕を作ったように。

あなたが今、一歩だけ踏み出すとしたらどこへ行きますか?

▼インタビュー全文はこちら

https://note.com/min_shin/n/ncb90186e5525