インターハイを狙えたのに、17歳の僕は”日本人ゼロ”の海外へ飛び込んだ
先日、「みんなの進路委員会」さんに、
寄付者としてインタビューしてもらいました。
高知で海外に飛び出たい若者を応援する、という立場で。
でも話しているうちに、原点はやっぱりあの一年だな、と思ったんです。
高校2年、僕はソフトテニス部のキャプテンでした。
このまま続ければ、インターハイも狙えた。
そんなときに来たのが、
オーストラリアへの交換留学の募集。
正直、自分が受かるとは思っていなかった。
でも、通ってしまった。
17歳、初めての海外。
現地の学校に、日本人は僕ひとり。
英語しか通じない。逃げ場なんて、どこにもない。
ホストファミリーは馬を2頭飼っていて、
僕は乗馬クラブにまで入り、毎日馬を調教してました![]()
週末は、お好み焼きや餃子を作って家族や友人に振る舞った。
「おいしい」って、みんな笑ってくれた。
ドイツ、イギリス、香港、マレーシア、インドネシア。
世界中から来た同世代と、机を並べる。
そこで思い知ったんです。
物の見方も、考え方も、”正解”は一つじゃない、ということを。
あの1年が、僕という人間の設計図を、まるごと書き換えました。
「思い切って挑戦する」
このマインドは、間違いなくあそこで芽生えた。
その後、パナソニックで海外拠点を任され、
マレーシアでCFOを経験し、高知に移って独立するまで。
一見バラバラなキャリアだけど、
根っこは全部、あの留学につながっています。
「人にエネルギーを与える。その人の人生を変えるぐらいに」
これが、僕が今も、これからも取り組んでいく人生のミッション。
“知らないだけ”で損している人に、選択肢を渡したい。
だから地方の若者にも、伝えたいことは一つだけ。
積極的に出会って、視野を広げて、新しいことに挑戦してほしい。
あの日、テニスコートを離れて海を渡った一歩が、今の僕を作ったように。
あなたが今、一歩だけ踏み出すとしたらどこへ行きますか?
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