数字だけを見る経営は、なぜ現場を壊すのか─ 稲盛和夫氏の言葉から、中小製造業のCFOとして考えたこと

「コストを下げてほしい」。中小製造業の経営者から、私が最も多く受ける相談です。
もちろん、財務を預かる人間として、無駄なコストには容赦なく切り込みます。
けれど、数字だけを見て下したコスト削減が、
その会社のいちばん大切な資産を静かに壊していく場面を、私は何度も見てきました。
今回は、稲盛和夫氏のある言葉を入口に、「数字と人」というテーマについて書いてみたいと思います。
「なりたい人ほど、なってもらっては困る」
経営者に向いているのはどんな人か。そう問われた稲盛氏は、意外な答えを返しています。
「経営者になりたいと”強く”思う人ほど、なってもらっては困る」
一見、逆のことを言っているように聞こえます。
しかし氏の説明を聞くと、その真意がはっきりします。
売上や規模、利益──そうした欲望や野望を叶えること自体が目的になった人が上に立つと、
その下で働く社員は”被害者”になってしまう、というのです。
だから経営者になる人は、まず自分が自己犠牲を払ってでも、
社員も、お客様も、関わるすべてを大事にしようと思える人でなければならない。
稲盛氏はそう言い切ります。
経営者に必要なのは、能力や野心ではなく、まず”在り方”だというわけです。
損益計算書の一行の向こうに、職人の手がある
私はこの言葉に、強く反応しました。
なぜなら私は、企業の”数字”を預かるCFOだからです。
社長の隣で、誰よりも冷たく数字を見るのが仕事です。
その立場にいる人間だからこそ、あえて言いたいことがあります。
数字”だけ”を追う経営は、必ず現場を壊します。
損益計算書のたった一行、その原価の向こう側には、いつも人の手があります。
中小製造業であれば、それは長年腕を磨いてきた職人の手です。
ところが「コスト削減」の号令が数字だけを根拠に下されるとき、
最初に会社を去っていくのは、たいてい最も腕のいい職人です。
そして皮肉なことに、その損失は決算書のどこにも計上されません。
人が抜けた穴、落ちた歩留まり、失われた技術の伝承
それらは、数字の表面には遅れてしか現れないのです。
稲盛氏が”技術屋”だったという事実
稲盛氏がこうした視点を持てたのは、氏自身がもともと”技術屋”だったからでしょう。
高周波でも電気を通さない、まったく新しい焼き物。
当時の日本では誰も作れなかったその絶縁体を、
稲盛氏は自らの手で初めて完成させた技術者でした。
現場で手を動かし、うまくいかない夜を数え切れないほど過ごした人です。
だからこそ氏は知っていました。
モノをつくるのは、機械でも資金でもなく、最後は”人の心”だと。
技術も潤沢な資金もなかった創業時、頼れるものは何かと考え抜いた末に行き着いたのが、
集まった28人の「心」だったといいます。
その心を一つにするために、氏は自分の考え方=フィロソフィーを社員と共有することにこだわりました。
同じ方向を向いた集団は、ベクトルが揃い、何倍もの力を出す。
中小企業ほど、この「人の心の力」で戦うしかないのだと。
分けても、思いやる─アメーバ経営の本質
稲盛氏が生んだ独自の管理手法「アメーバ経営」も、根っこは同じです。
組織を小さな単位に分け、それぞれが採算を意識する。
一見、部門同士が数字で競い合う冷たい仕組みに見えます。
けれど氏は、豆腐屋の夫婦を例にこう言います。
製造と営業を分けても、相手が潰れてしまえば自分も生きていけない。
だから「相手のアメーバも生かす」という思いやりが前提になければ、この仕組みは機能しない、と。
数字で分けるからこそ、その裏に哲学=フィロソフィーが要る。
これは、財務の仕組みを設計する私にとって、背筋の伸びる指摘です。
管理会計も、原価管理も、部門別採算も、突き詰めれば人を動かす道具にすぎません。
道具に思想がなければ、それは人を追い詰めるだけの鞭になってしまうのです。
会社は、誰のものか
もう一つ、稲盛氏が繰り返し語るのが「会社は誰のものか」という問いです。
法律上、会社の所有者は株主である。それは間違いない、と稲盛氏は認めます。
しかし、だから株主が自由勝手にしてよいわけではない、とも言います。
会社は、経営陣、従業員、その家族、取引先、地域社会、お客様──あらゆる人によって成り立っている。
株主はたまたまその所有者であるにすぎない。
この考え方は、短期の利益や株主還元ばかりが強調されがちな今こそ、
中小製造業の経営者に思い出してほしい原点だと私は思います。
数字に載らない損失を、いちばん先に察知する
では、財務のプロは経営に何をもたらせるのか。私はこう考えています。
CFOの役割は、コストを切ることではありません。
数字を守るために、まず”人”を守ることです。
職人がひとり辞めた穴は、求人広告では埋まりません。
その”数字に載らない損失”を、決算書に表れるより先に察知し、社長にはっきり伝える。
「この設備投資より、まずあの職人の待遇です」と、数字を根拠に人を守る提案ができる。
それが、現場を持つ中小製造業においてCFOが果たすべき、いちばん大切な仕事だと考えています。
もちろん、数字を軽んじてよいという話ではありません。むしろ逆です。
人を守るためにこそ、財務は強くなければならない。
資金繰りに追われている会社に、職人を守る余裕は生まれません。
強い財務があって初めて、経営者は「在り方」を貫けるのです。
数字と人は、対立するものではなく、支え合うものだと私は信じています。
最後に
稲盛氏は、日本の工学部を目指す学生が減っていることを”寂しい”と語っていました。
技術系より文系のほうが出世が早いと言われ、現場を軽んじる空気が広がっている、と。
もしその流れが本当なら、日本のものづくりの土台そのものが揺らぎます。
だからこそ、いま現場を抱える一社一社が、自社の職人を、技術を、そこにいる人の心を大切にすることに、
大きな意味があると思うのです。
数字と、人。そのどちらも見られる参謀が、これからの町工場には必要です。
もし、あなたの会社の「この人がいるから回っている」という職人を、数字の前に守りたいと感じているなら
それはきっと、私の出番です。
中小製造業専門CFO ── 馬醫光明
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