がん検診は、健康の話ではありません― 働く世代のがんと、社長がいちばん見落としているリスク管理

保険には入っている。借入も抑えている。取引先の与信も見ている。
それなのに、自分のがん検診だけは、去年も受けていない。
経営相談の場で健康の話になると、たいていこの形になります。
会社のリスクには手を打っているのに、自分の体だけが計画の外に置かれている。
私自身、前職で同じことをしていました。
働く世代の話です
厚生労働省「がん検診50%推進本部」のセミナーで、東京大学の中川恵一先生が示された数字があります。
日本では年間およそ100万人ががんと診断され、およそ38万人が亡くなっています。
生涯でがんになる割合は、男性で65.5%、およそ3人に2人。女性は2人に1人です。
高齢者の病気だと思われがちですが、そうではありません。
55歳までは、女性のほうが患者数が多い。
30代・40代の女性にいたっては、同年代の男性のおよそ2倍です。
子宮頸がんは30代後半にピークがあり、乳がんは40代後半にピークがあります。
つまり、いま現場を回している世代、これから幹部になっていく世代の話です。
「がんになったら辞める」が、まだ前提になっている
同じ講演で、私が最も重く受け止めた数字がこれでした。
がんと診断された人のうち、34%が離職しています。
しかも、治療が始まる前に4割以上が退職している。
治療の結果ではなく、診断の直後です。
治せるかどうかを確かめる前に、多くの人が「会社を辞めるしかない」と判断している。
会社から見れば、育ててきた人材が、治療の見通しも立たないうちに抜けていくということです。
採用が難しく、一人前になるまで3年から5年かかる中小企業にとって、これがどれだけの損失か。
人手不足の対策を必死に考えている一方で、この出口はほとんど手つかずのまま放置されています。
そして、がんの最大の特徴は、症状を出しにくいことです。
絶好調でも進行します。だからこそ、体調の自覚ではなく、検査でしか捕まえられません。
伊藤忠商事が変えたのは、社員の意識ではなくルールでした
中川先生が例に挙げていたのが、伊藤忠商事の取り組みです。
きっかけは、2017年2月、闘病中の社員から経営トップに届いた一通のメールだったと公表されています。
そこからプロジェクトが立ち上がり、わずか4か月で施策が動き出しました。
やったことは、精神論ではありません。
国立がん研究センターと提携したがん特別健診、健康保険の対象外となる先進医療費の会社負担、
専門医への即時連携、相談窓口の設置。治療と仕事を両立するための短時間勤務や在宅勤務、
3年間で計18日の特別休暇。さらに、遺児の大学院卒業までの育英資金まで用意されています。
働き方そのものも変えました。20時以降の残業を原則禁止にする朝型勤務。
社員食堂での朝食の無料提供。酒席は一次会までとする社内運動。
結果として、2024年度のがん特別健診の受診率は96.8%、精密検査の受診率は100%。
朝型勤務比率は55%、月平均残業時間は11.0時間です。
ここで大事なのは、社員に「気をつけよう」と呼びかけたのではないということです。
検診に行きやすい仕組みをつくり、飲む時間と働く時間のルールを変え、
万一のときに辞めなくて済む制度を先に用意した。
健康を個人の心がけに返さなかった。ルールを変えたのは、経営です。
いちばん安い対策は、あの封筒の中にあります
自治体から届く、あの薄い封筒。多くの方が、開けずに捨てているのではないでしょうか。
あれは、国が健康増進法にもとづく指針で定めた、胃・肺・大腸・乳房・子宮頸部の5つのがん検診です。
科学的に死亡率を下げる効果が確かめられたものだけが選ばれ、そこに税金が投入されています。
自治体によっては、自己負担がゼロです。
いちばんエビデンスがあって、いちばん安い。
それなのに、日本の受診率は5割に届きません。アメリカは8割を超え、韓国も6割近くあります。
人間ドックのオプションを増やす前に、まずここです。
私も、100%で満足していました
前職の製紙メーカーで、胃がん・大腸がん・肺がんの検診受診率を100%にしました。
中川先生に社内講演をお願いし、社内にパンフレットも配りました。
2023年には、高知で開かれたセミナーで、中川先生と同じ壇上に立ち、その取り組みを報告しています。
ただ、そのとき正直に申し上げたのは、乳がんと子宮頸がんの検診は手つかずのままだということ、
喫煙率が約27%残っていたということでした。
いちばん危ない世代の、いちばん多いがんが抜けていた。
100%という数字を作って、やっているつもりになっていたわけです。
貴社の経営計画に、社長の体は載っていますか
一度、静かに考えてみてください。
もし社長が三か月抜けたら、貴社はいつも通り回るでしょうか。
数字も、判断も、金融機関との関係も、取引先との呼吸も、社長の頭の中にしかないとしたら。
そこに体の問題が重なった瞬間、会社は止まります。
そして、社員が診断を受けたとき、「辞めなくていい」と言える制度が、貴社にはあるでしょうか。
がん検診は、健康の話ではありません。
会社が止まらないようにするための、いちばん安く打てるリスク管理です。
そして、そのリスク管理がいちばん後回しになっているのは、たいてい社長ご自身です。
即答できなかったとしたら、それは弱点ではありません。これから手を打てる伸びしろです。
私の経営相談では、数字の見える化から、誰が抜けても止まらない体制づくりまで、
貴社の現状を一緒に整理していきます。
同じ悩みも、言葉にして話すだけで、驚くほど頭がすっきりするものです。
気になることがありましたら、どうぞお気軽にご相談ください。
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