「賃上げできる病院」になるために─ベースアップ評価料拡充と人材確保戦略
医療の質を支えるのは、結局のところ「人」です。
しかし、その人材を確保すること自体が、いまや病院経営の最大の課題となっています。
2024年春闘で医療業界の賃上げ率は2.41%。他業種平均の5.10%の半分以下にとどまり、
優秀な人材が他産業へ流出するリスクが現実のものとなっています。
2026年度診療報酬改定で拡充された「ベースアップ評価料」は、
この危機への国の回答です。
本コラムでは、評価料の最新動向と、
賃上げを実現できる病院になるための実務的な視点を整理します。
1. 医療業界の賃上げ率は他業種の半分以下─静かに進む人材流出
四病協の「2025年度 医療機関における賃金引き上げの状況に関する緊急調査」によれば、
病院の賃上げ率は2.41%にとどまりました。
他業種が5%超の賃上げを実現するなか、この差は年々開いています。
この格差が意味するところは深刻です。
看護師や医療技師、薬剤師、事務職員─いずれも他産業でも需要のある職種であり、
賃金差が広がれば「医療現場で働き続ける動機」が薄れます。
実際、看護師養成課程の応募率は低下を続けており、
生産年齢人口の減少も加わって、応募できる年齢層そのものが減っていく構造です。
「採用できない」「定着しない」「育成が追いつかない」
この三重苦が、今後の病院経営において人件費以上に重い課題となります。
2. ベースアップ評価料 2026年度改定の拡充ポイント
こうした状況を受け、2024年度改定で新設された「ベースアップ評価料」は、
2026年度改定でさらに大幅に拡充されました。要点は以下のとおりです。
ポイント①:点数の大幅引き上げと段階的増点
ベースアップ評価料の点数は今改定で引き上げられ、
さらに2027年度には2倍の点数となる方針が示されています。
算定すれば賃上げ原資が安定的に確保できる仕組みであり、
計画的な処遇改善が可能になります。
ポイント②:賃上げ対象職種の整理と実効性確保
評価料の加算分は、看護職員、リハビリ職、病院薬剤師、その他の医療関係職種など、
所定の対象職員の給与(賞与を含む)の引き上げに全額を充当することが義務付けられています。
実際に支給される給与に確実に反映される仕組みが構築されており、
賃上げ実績の迅速かつ詳細な把握が求められます。
ポイント③:派遣職員の扱いなど運用上の論点
2026年4月に公表された疑義解釈では、
ベースアップ対象職員における派遣職員の消費税の扱いなど、
運用上の細かい論点も明確化されました。
届出書類の整備と実績報告の正確性が、これまで以上に重要になります。
3. 「賃上げできる病院」になるための実務
ベースアップ評価料は強力な支援策ですが、
ただ算定するだけで人材問題が解決するわけではありません。
賃上げを「持続可能な経営戦略」に組み込むために、以下の視点が重要です。
ステップ①:賃上げ原資の精緻なシミュレーション
まずは賃上げ対象となる全職員を洗い出し、評価料の取得分で賃上げ原資を賄えるか、
詳細な試算を行います。算定の届出準備に加え、実績報告に必要な資料作成や規定整備も必要です。2027年度の段階的増点も見据え、3年間のシミュレーションを行うのが理想です。
ステップ②:タスクシフト・タスクシェアの推進
賃上げと並行して、業務量そのものを減らす取り組みが不可欠です。
2024年から医師の時間外労働に上限が設けられた働き方改革を受け、
医師事務作業補助者へのタスクシフトは効果が大きいと評価されています。
看護師から看護補助者へ、医師から特定行為研修修了看護師へ
職種間で業務を再配分することで、1人あたりの業務負担を軽減しつつ、
専門職が専門業務に集中できる体制を作ります。
ステップ③:「人数より成果」への評価軸転換
これまで診療報酬は「どれだけ多くの職員を配置しているか」
という人員配置で評価される仕組みが中心でした。
しかし、日本病院団体協議会からは「患者にどのような成果があったかを重視すべき」
との要望が出されており、今後はアウトカム評価への転換が進むと見込まれます。
少ない人員で確かな成果を出す組織への転換─これが中長期的な人材戦略の方向性です。
ステップ④:採用ブランディングと働きやすさの可視化
賃金水準だけで他業種と勝負することは現実的に困難です。
「ここで働きたい」と思える理由を作るために、教育研修制度、キャリアパス、
ICT活用による業務負担軽減、子育てとの両立支援など、
金銭以外の価値を明確に打ち出すことが重要です。
採用面でも、ホームページ・SNS・口コミなど多面的な発信を通じて、
自院で働く魅力を可視化する取り組みが求められます。
まとめ─人材戦略は経営戦略の中核
「賃上げできる病院」とは、単に給与水準が高い病院ではありません。
経営として人件費を計画的に投資できる体力があり、
かつその投資を業務効率化と成果向上に結びつけられる病院のことです。
ベースアップ評価料は強力なツールですが、
これを使いこなせるかどうかは経営層の判断にかかっています。
2027年度の段階的増点を見据え、いまから3年計画で人材戦略を立て直すこと。
それが、人材獲得競争を勝ち抜く病院経営の出発点となります。
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