心臓の手術をした月に、独立しました ― 社長が1か月動けなくなったら、会社は回りますか

2024年12月、追突事故にあいました。
しばらく、まともに動けませんでした。それまで当たり前にできていたことが、できない。治療が長引いて、先も見えませんでした。
手術が決まるまでは、意外と平気でした。やることが決まっていたからだと思います。
怖くなったのは、直前です。心臓の手術でした。うまくいかないこともあるよな、と頭をよぎりました。
手術をした月に、独立しました
手術は、2025年5月でした。
そして同じ月に、自宅の一室で独立しました。スタッフはゼロです。
いま思えば、無茶です。体を治してからでも、よかった。それでも、あのとき決めてしまいました。ここで一から立て直す、と。
数字を見る側から、現場に入って
それまでの私は、ずっと会社の数字を見る側でした。海外で工場を立ち上げて、最後はその会社をたたむところまで見届けています。
高知に移ってから、中小企業の現場に入るようになりました。そこで、見方が変わりました。
判断の基準が、どこにも書かれていない
多くの会社で、同じことが起きていました。
- 数字が手元に届くのは、ずいぶん経ってから
- 何をどこまでやったら決めていいのか、決まっていない
- 計画はあっても、開かれない
判断の基準が、社長の頭の中にあります。
その会社が悪い、という話ではない
誤解のないように書いておきます。これは、その会社が悪いという話ではありません。
社長が全部わかっているから、書く必要がなかっただけです。必要がなかったものは、つくられません。自然なことです。
ただ、困る場面が1つだけあります。
社長が1か月入院したら
私は、動けなくなったばかりでした。だから、現場に入るたびに、どうしてもこう考えてしまいます。
この社長が1か月入院したら、この会社はどうなるんだろう。
数字は誰が見るのか。決裁は誰がするのか。取引先への返事は、誰が出すのか。
怖いのは、業績が落ちることではない
1か月売上が落ちることは、取り返せます。
怖いのは、社長が倒れた日に、誰も代われないことです。判断の材料が外に出ていないので、代わろうにも代われません。
だから私がやっているのは、社長の頭の中にあるものを外に出して、誰でも見える形にすることです。
- 事業ごとに、数字を分ける
- どこまで売れば黒字になるのか、線を引く
- 何をどこまでやったら決めていいのか、決めておく
派手な仕事ではありません。けれど、ここが抜けている会社は、社長が止まると全部が止まります。
もうひとつの「一人で抱える」問題
先日、ある社長が、相談の途中でふっと涙を流されました。
お父様から事業を継いで、30年。借入も完済された方です。はたから見れば、安泰そのものに見えます。
その方が、こうおっしゃいました。
「事業の台所事情は、なかなか誰にも話せない」
そのあとに出てきたのが、この言葉でした。
「話していい人がいた」「話して、よかった」
数字の話をしていたわけではありません。ずっと張りつめていたものが、ゆるんだのだと思います。
社長が倒れたときに代われる人をつくることと、その前に一人で抱え込まない状態をつくること。どちらも、同じところにつながっています。
おわりに
自宅の一室から、1年半が経ちました。派手な話は、何もありません。
それでも、決算書を持って相談に来てくださる社長が、少しずつ増えました。
貴社は、社長が1か月動けなくなったときに回るでしょうか。そしていま、その不安を飾らずに話せる相手は、どこかにいるでしょうか。
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